ミラノ・コルティナ五輪のスノーボード女子ビッグエア決勝、皆様もその熱狂をご覧になりましたでしょうか。
村瀬心椛選手が見事に金メダルを獲得し、21歳にして世界の頂点に立った姿は、私たちに大きな勇気と感動を与えてくれました。
しかし、その輝かしいニュースの裏側で、もう一つの出来事が波紋を広げていることにも目を向ける必要があります。
銅メダルを獲得した韓国の18歳、ユ・スンウン選手が、喜びのあまりスノーボードを放り投げ、雪面に叩きつけたという一件です。
この行動に対して、ネット上では「道具を粗末にするな」という批判の声が上がる一方で、母国メディアや一部のファンからは擁護の声も上がっています。
今日はこの論争を入り口として、ビジネスの現場でも頻繁に起こる「行動の評価」や「表面的な事象の裏にある真実」について、少し深く考えてみたいと思います。
道具への敬意と、爆発する感情の狭間で
私たち日本人の多くは、「道具には魂が宿る」という精神風土の中で育ってきました。
職人が長年使い込んだ道具を大切にするように、イチロー選手がバットやグローブを丁寧に扱ったように、道具への敬意はプロフェッショナルの証とされています。
ですから、ボードを投げるという行為に対して、直感的に不快感や違和感を覚えるのは、ある意味で私たちの文化的な美徳の裏返しとも言えるでしょう。
しかし、視点を世界に向けてみると、感情表現の方法は実に多様であり、そこに正解不正解の線を引くことは容易ではありません。
テニスプレイヤーがラケットを投げたり、サッカー選手がユニフォームを破ったりして感情を露わにするシーンは、海外のスポーツでは決して珍しい光景ではありません。
記事にもあるように、WBCで大谷翔平選手が帽子を投げた行為が「情熱的だ」と称賛されたことを考えれば、今回の批判には少なからずバイアスがかかっている可能性を疑う必要があります。
ビジネスの現場でも、私たちは無意識のうちにダブルスタンダード(二重基準)を適用してしまっていることはないでしょうか。
実績のあるベテラン社員が机を叩いて悔しがるのは「熱意がある」と評価し、若手社員が同じことをすれば「感情のコントロールができていない」と断じる。
相手の属性や過去の印象によって、同じ行動でも全く異なる解釈をしてしまう危うさが、私たちの中には潜んでいるのです。
切り取られた「瞬間」だけで人を判断する怖さ
今回の件で最も注目すべき点は、ボードを投げたという事実そのものではなく、その後の彼女の振る舞いにあります。
報道によれば、彼女は金メダルが決まった憧れの村瀬選手に対し、日本語で「ヤバい」と声をかけ、心からの祝福を送ったそうです。
さらに表彰台では、村瀬選手と笑顔で自撮りをするなど、ライバルへのリスペクトと友好の情を惜しみなく表現していました。
もし私たちが、ボードを投げた数秒間の動画だけを見て「彼女はマナーの悪い選手だ」と決めつけていたら、この素晴らしい側面を見落としていたことになります。
自分の感情を爆発させた直後に、相手の国の言葉を使って、しかも若者らしい「ヤバい」という親しみを込めた言葉で称賛を送る。
ここには、単なるスポーツマンシップを超えた、高度なコミュニケーション能力と人間的な可愛らしさが詰まっています。
ビジネスにおいても、部下のミスや失敗の一部分だけを切り取って、その人の全人格を否定してしまうようなことは避けるべきです。
遅刻をした部下に対して「だらしない人間だ」とレッテルを貼る前に、その前日に遅くまで残業して成果を出していた事実に目を向けられるかどうか。
リーダーに求められるのは、断片的な情報ではなく、その人のストーリー全体を俯瞰して見る「全体観」なのです。
18歳の未熟さとポテンシャルをどう扱うか
ユ選手はまだ18歳であり、オリンピックという極限のプレッシャーから解放された瞬間の行動として見れば、多少の粗相は若さゆえの特権とも言えます。
もちろん、道具を投げること自体は推奨されるべきではありませんし、「次は気をつけようね」と優しく諭す必要はあるでしょう。
しかし、その一点をもって彼女の才能や情熱まで否定してしまうのは、あまりにも早急で、未来の可能性を摘む行為になりかねません。
組織マネジメントの観点から見れば、彼女のような「エネルギーの塊」のような人材は、非常に魅力的でもあります。
型にはまった優等生ばかりでは生まれないような突破力を持ち、周囲を巻き込んで熱狂を生み出す力を持っているからです。
多少のはみ出し行動には目をつぶりつつ、その情熱を正しい方向へ導いていくことが、私たち大人の、そしてリーダーの役割ではないでしょうか。
言葉の壁を超えた「共感力」の高さ
ユ選手が発した「ヤバい」という一言には、教科書通りの「おめでとう」にはない、深い共感と親愛の情が込められているように感じます。
異国のライバルに対して、相手が最もリラックスして受け取れる言葉を選んで伝えるセンス。
これは、グローバルなビジネスシーンにおいても、相手の懐に飛び込み、信頼関係を築くための強力な武器となる資質です。
私たちもまた、形式的なマナーや礼儀作法にとらわれすぎて、コミュニケーションの本質を見失ってはいないでしょうか。
大切なのは、綺麗な言葉を並べることではなく、相手の心に届く言葉を選び、相手を思いやる気持ちを伝えることです。
彼女の行動は、マナー違反という批判を超えて、人間としての素直な感情表現の強さを私たちに教えてくれています。
アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)への気づき
今回の報道に対する反応の違いは、私たちが無意識に抱いている国籍や年齢に対する偏見を浮き彫りにしました。
「18歳の少女だから」「韓国の選手だから」というフィルターを通して見ることで、事実が歪んで見えてしまうことがあります。
ビジネスリーダーとして成長するためには、常に「自分には偏見があるかもしれない」と自問自答し、公平な目で事実を見つめる努力が欠かせません。
もし彼女が日本人選手だったら、あるいは男性選手だったら、私たちの反応はどう変わっていたでしょうか。
そうやって視点をずらして考える習慣を持つことで、より寛容で、より深みのある人間理解へと繋がっていくはずです。
批判するよりも理解すること、排除するよりも受け入れることの方が、組織にとっても個人にとっても、はるかに生産的な結果をもたらします。
未来を作る若者たちへのエール
SNSが発達した現代では、ほんの一瞬の過ちが世界中に拡散され、デジタルタトゥーとして残ってしまう怖さがあります。
しかし、失敗を恐れて小さくまとまってしまうよりも、時には感情を爆発させ、失敗しながらも前へ進む若者の方が、私は頼もしく感じます。
村瀬選手の金メダルという素晴らしい結果と共に、ユ選手の人間味あふれるエピソードもまた、このオリンピックのハイライトとして記憶されるべきでしょう。
「罪を憎んで人を憎まず」という言葉の通り、行動の一部を修正することはあっても、その人の人格や情熱そのものを否定してはいけません。
彼女たちがこれからどのように成長し、どのような素晴らしい演技を見せてくれるのか、温かい目で見守っていきたいものです。
そして私たちも、明日の職場において、部下や同僚の「はみ出した個性」を愛せるような、懐の深いリーダーを目指していきましょう。
寒い冬の空の下で繰り広げられた熱いドラマから、私たちは多くのことを学びました。
完璧な人間などいないからこそ、互いに補い合い、称え合うことができる。
そんな人間社会の美しさを改めて感じさせてくれた彼女たちに、心からの拍手を送りたいと思います。